発表
1EV-062
自伝的記憶における多階層的自己とその個人差 |
目 的
自己意識は,自己の内面と外面に向けられる意識に区分され,後者はさらに特定の他者との関係に由来するInterpersonal Self(IS)と,自己に対する社会からの評価に関連するSocial-Value of Self(SS)に分割されると考えられている(Sugiura, 2013)。しかし,このような自己意識の多階層的構造が,自伝的記憶においても適用できるのかは明らかではない。本研究では,この点について健常若年成人を対象として実験心理学的に検証した。
方 法
実験参加者 健常大学生,大学院生24名(女性12名,平均年齢:21.33歳,標準偏差:1.65)が本研究に参加した。
刺激 IS条件,SS条件,Non-Social(NS)条件に対応する自伝的記憶の内容を示すオリジナルに作成した文章刺激から,事前に鮮明度,覚醒度,情動価,文字数を統制した108個の文章(IS,SS,NSのそれぞれ36個ずつ)が実際の実験において使用された。
実験手続き 実験参加者は,自伝的記憶の想起(鮮明度の評価),覚醒度,情動価,個人的重要性,特定の他者への意識,場の雰囲気への意識,自制心,自尊心への影響,立場の意識に関する評価課題を,各ランごとに実施した。それぞれのランでは,先に統制した108個の自伝的記憶に関する文章がランダムに提示され,各自伝的記憶についての主観的評価を8段階で評価するように求められた(Figure 1)。これらの評価課題では,先に自伝的記憶の想起が行われた後にその他の評価課題が実施され,自伝的記憶の想起以外の評価課題の順番が,実験参加者ごとにカウンターバランスされた。
評価課題の後,実験参加者は自尊心の尺度であるRSES(Mimura & Griffiths, 2007),承認欲求の尺度であるMLAM(植田・吉森,1991)などの複数の心理検査に回答することが求められた。
解析 各実験参加者において,条件ごとに自伝的記憶の想起の評価値が「1」の出来事を除いた後,各条件で自伝的記憶の想起の評価値が中央値より低く評定された文章に関しては,すべての解析対象から除外された。評価項目ごとに,NS条件をベースラインとしたIS条件の変化率[(IS条件における評価値の平均値-NS条件における評価値の平均値)/NS条件における評価値の平均値]とSS条件の変化率[(SS条件における評価値の平均値-NS条件における評価値の平均値)/NS条件における評価値の平均値]が算出された。
結 果
IS条件とSS条件の変化率の間で対応のあるt検定を行った結果(Figure 2),特定の他者への意識[t (20) = 2.95, p < .01, r = .55]の評価値はISがSSよりも有意に高く,場の雰囲気への意識[t (20) = 2.94, p < .01, r = .55],自尊心への影響[t (20) = 4.92, p < .01, r = .74],立場の意識[t (20) = 3.02, p < .01, r = .56] の評価値はSSがISよりも有意に高いことが示された。また,ISとSSの自伝的記憶の想起の評価値と,各条件の評価項目との間で相関解析を行った結果,IS条件の自伝的記憶の想起の評価値は,個人的重要性(r = .51, p < .05)と自尊心への影響(r = .44, p < .05)と有意な正の相関を示した。さらに,IS条件とSS条件における各評価項目の変化率とRSESおよびMLAMの合計点との間で,相関解析を行った結果(Figure 3),SS条件における特定の他者への意識(r = .50, p < .05)と立場の意識(r = .49, p < .05)の評価値の変化率は RSESの合計得点と有意な正の相関を示し,IS(r = -.60, p < .01)およびSS(r = -.46, p < .05)における覚醒度の変化率は,両条件においてMLAMの合計得点と有意な負の相関を示した。
考 察
本研究の結果は,特定の他者への意識が高く評定されたISに関連する自伝的記憶は,現在の自己にとっての重要性や自尊感情に影響を与える一方で,場の雰囲気や自分の立場への意識,自尊心への影響が高く評定されたSSに関連する自伝的記憶は,自伝的記憶の積み重ねによって形成される社会的特性としての自尊心に影響を与えることを示唆している。
*本研究の一部は,JSPS科研費JP16H01727からの助成を受けて実施された。
自己意識は,自己の内面と外面に向けられる意識に区分され,後者はさらに特定の他者との関係に由来するInterpersonal Self(IS)と,自己に対する社会からの評価に関連するSocial-Value of Self(SS)に分割されると考えられている(Sugiura, 2013)。しかし,このような自己意識の多階層的構造が,自伝的記憶においても適用できるのかは明らかではない。本研究では,この点について健常若年成人を対象として実験心理学的に検証した。
方 法
実験参加者 健常大学生,大学院生24名(女性12名,平均年齢:21.33歳,標準偏差:1.65)が本研究に参加した。
刺激 IS条件,SS条件,Non-Social(NS)条件に対応する自伝的記憶の内容を示すオリジナルに作成した文章刺激から,事前に鮮明度,覚醒度,情動価,文字数を統制した108個の文章(IS,SS,NSのそれぞれ36個ずつ)が実際の実験において使用された。
実験手続き 実験参加者は,自伝的記憶の想起(鮮明度の評価),覚醒度,情動価,個人的重要性,特定の他者への意識,場の雰囲気への意識,自制心,自尊心への影響,立場の意識に関する評価課題を,各ランごとに実施した。それぞれのランでは,先に統制した108個の自伝的記憶に関する文章がランダムに提示され,各自伝的記憶についての主観的評価を8段階で評価するように求められた(Figure 1)。これらの評価課題では,先に自伝的記憶の想起が行われた後にその他の評価課題が実施され,自伝的記憶の想起以外の評価課題の順番が,実験参加者ごとにカウンターバランスされた。
評価課題の後,実験参加者は自尊心の尺度であるRSES(Mimura & Griffiths, 2007),承認欲求の尺度であるMLAM(植田・吉森,1991)などの複数の心理検査に回答することが求められた。
解析 各実験参加者において,条件ごとに自伝的記憶の想起の評価値が「1」の出来事を除いた後,各条件で自伝的記憶の想起の評価値が中央値より低く評定された文章に関しては,すべての解析対象から除外された。評価項目ごとに,NS条件をベースラインとしたIS条件の変化率[(IS条件における評価値の平均値-NS条件における評価値の平均値)/NS条件における評価値の平均値]とSS条件の変化率[(SS条件における評価値の平均値-NS条件における評価値の平均値)/NS条件における評価値の平均値]が算出された。
結 果
IS条件とSS条件の変化率の間で対応のあるt検定を行った結果(Figure 2),特定の他者への意識[t (20) = 2.95, p < .01, r = .55]の評価値はISがSSよりも有意に高く,場の雰囲気への意識[t (20) = 2.94, p < .01, r = .55],自尊心への影響[t (20) = 4.92, p < .01, r = .74],立場の意識[t (20) = 3.02, p < .01, r = .56] の評価値はSSがISよりも有意に高いことが示された。また,ISとSSの自伝的記憶の想起の評価値と,各条件の評価項目との間で相関解析を行った結果,IS条件の自伝的記憶の想起の評価値は,個人的重要性(r = .51, p < .05)と自尊心への影響(r = .44, p < .05)と有意な正の相関を示した。さらに,IS条件とSS条件における各評価項目の変化率とRSESおよびMLAMの合計点との間で,相関解析を行った結果(Figure 3),SS条件における特定の他者への意識(r = .50, p < .05)と立場の意識(r = .49, p < .05)の評価値の変化率は RSESの合計得点と有意な正の相関を示し,IS(r = -.60, p < .01)およびSS(r = -.46, p < .05)における覚醒度の変化率は,両条件においてMLAMの合計得点と有意な負の相関を示した。
考 察
本研究の結果は,特定の他者への意識が高く評定されたISに関連する自伝的記憶は,現在の自己にとっての重要性や自尊感情に影響を与える一方で,場の雰囲気や自分の立場への意識,自尊心への影響が高く評定されたSSに関連する自伝的記憶は,自伝的記憶の積み重ねによって形成される社会的特性としての自尊心に影響を与えることを示唆している。
*本研究の一部は,JSPS科研費JP16H01727からの助成を受けて実施された。